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自然と人工の割合について考える【森博嗣】連載「道草の道標」第11回

森博嗣 新連載エッセィ「道草の道標」第11回

 

【人工が自然になる未来】

 

 自然が美しい、という感覚は自然なものだろうか。どちらかというと、人間は人工物を美しいと感じる傾向にある。人工物は、頭脳が考えたイメージが具現化したものであり、結局は思い描いたとおりのものが「美」と認識される、との仮説がどうやらもっともらしい。人間の頭脳は、理路整然とした秩序を美しいと感じる。だから、人工物のほとんどはそれに基づいてデザインされる。アートもかつてはそうだったが、現代美術では、それらに反発したものも登場した。けれど、整然とした秩序に影響・支配されている点では同じだ。数学や物理の法則は美しく、工芸品や精密な機械にも美しさが宿る。

 以前にも書いたが、自然の中に美を見出すときも、雑然とした自然ではなく、桜や紅葉のように偶発的に生じる「統制」に惹かれ、「まるで絵画のような美しさ」と愛でることが、頭脳がイメージした美、すなわち人工的な洗練さを求めている証といえるだろう。

 ところが最近になって、新たな「人工」が現れた。それは、コンピュータが創出するイメージである。これは、人間が作ったこれまでの人工物と同種だろうか? もちろん、人間が作ったものを参考にはしている。既往の人工物をつなぎ合わせたパッチワーク的な構造を持っているが、それを人間たちが選ぶかどうか、を作者(コンピュータ)が観察している点が特異だといえる。ただ、自然も人間の選択によって影響される点では同じかもしれない。人間社会に選ばれたものが繁栄し、排除されたものは死滅する、という淘汰は今や万物を支配しているからだ。

 AIが作るものは、もちろん人工といえるが、人間が意図したかどうかという点で微妙である。これまでの人工物は、例外なく人間が意図した結果であった。だが、AIの創作物は、そこから少しずれている。人が意図しないものを作る可能性を秘めている。

 人間の造作が関与するかどうか、人間が目指した結果かどうか、そこが本来の人工物とは明らかに異なる。それらは、単なる計算結果であり、多分にランダムであり、一定の方向性の範囲内にあっても、突然変異的に生まれるファクタを含んでいる点で、むしろ自然に近いといえるのではないか。

 これからの社会には、人工のような自然、自然のような人工が沢山生まれるだろう。したがって、今よりも自然物の割合が増加する、と捉えた方が正しいと考えられる。人間の意思がいつまで人工物のデザインに関われるのか、いずれ人間は「人工」という創作から手を引くことになるのか、それらの変異点が現代であることはまちがいない。

 さらに、この自然に産出される人工に対して、人間は「美」を感じられるだろうか、という不安も伴う。自分たちだけが作り手だと誇示する反発から、多少のより戻しがあっても、大きな流れを変えることはできないだろう。そんな未来を空想している。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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